2026/5/31~6/6

第139号
上野友之 2026.06.07
誰でも

5月31日(日)

色んな夢をみて目覚め酒の残りを感じつつグズグズして10:00起床。曇り晴れ。

稽古は13:30〜。まずはチーム毎に稽古して、15:30〜荒通し。

2時間10分。1時間50分くらいには縮めたいところ。

終わってIさん、Oくんと缶ビールを飲みながら駅まで歩く。

新宿経由で、紀伊國屋で「積読こそが完全な読書術である」(永田希)、「私雨邸の殺人に関する各人の視点」(渡辺優)、「暗殺の冬」(クリストフェル・カールソン/訳:棚橋志行)購入し、モンスナックでカレーを食べて帰宅。

世の中は悪いニュースばかりだが、今日は嵐のラストコンサートだったらしい。

メンバーはほぼ同世代。

自分が高校三年生の時にデビュー。そこから26年間。

我々の周りは自分を含めもうおっさんなのに、途中休止はあったとはいえ今までアイドルを続けてきたのは凄いな。

6月1日(月)

9:00起床。晴れ。今日も30℃超予報。

13:00〜衣装合わせと、音響さんも合流しての稽古。

お互いほぼ初めましてのプロデュース公演で稽古期間も短いと色々な事態が発生するし、今回は演出助手もいないので進行的な役回りも自分に回ってくることが多く、話し合いの必要もあり、終了する頃にはクタクタで21:00頃に解散。

一人でサイゼリヤに寄って帰る途中、Iさんからの労いLINEに助けられる。

本当は考えたいことがあるのだが、稽古のことに頭にとられる。致し方なし。

6月2日(火)

早めに目が覚めていたのだが、昨日の疲れか二度寝を繰り返し10:30。曇り。

15:30〜今日は抜き稽古。まずは少人数で話し合い、共通認識を持ち合う。

その効果もあってか、懸念していた場面もある程度は形になってきた(と思う)。

6月3日(水)

また目覚めてから起き上がれず10:30。台風による雨。

図書館で借りていた演劇雑誌・悲劇喜劇でアイルランドの劇作家、コナー・マクファーソンの戯曲「The Weir – 堰 -」読了。

今年の2月にスズナリで劇壇ガルバが上演したもの(その舞台は未見)。

ジャック 【中略】可哀想に、俺はあの子を傷つけた。歳をとってからさ、あの時なんであんなことしたんだって思ってみても、たいていは理由なんてないんだな。ただ意固地になって、それでばかなことしちまうんだよ。
俺は、彼女からの手紙に返事を出すのをやめた。手紙が家に届くのが怖くてたまらなくなった。元気にしてるのかな、とか、郵便に何か問題があるのかな、とかそんなこと書いてきてさ。
  間。︎

自分が何をしてたのかは説明できない。ただ・・・俺は彼女を捨てた。自分が偉い気になって、親父から仕事を引き継いでさ。ふんぞり返って。自分は立派な男だと思い込んでた。で、彼女が手紙で「結婚します。」って書いてきたとき、ずうずうしく腹を立てたりして。

 ︎ 間。︎

そもそもあいつが都会に行ったのが悪いって、全部彼女のせいにした。ったくな。その結婚式には、この辺一帯から大勢がバスで向かった。俺もその大勢の一人。ただのゲストの一人。スーツを着て、ピカピカに磨いた靴履いて。それに信じられないくらいの二日酔い。朝の五時過ぎまで酒飲みながら暖炉の火を眺めてたんだ。でそのまま九時にみんなでバスに乗った。バスん中はなんであいつは地元に戻って結婚しなかったんだって話ばっかり。そして俺は犬並みに最悪の気分だった。
 田舎者がみんなポマードの匂いをぷんぷんさせてた。フィブスボロの教会。彼女の看護婦仲間たちは可愛くて、その彼氏たちは警官ばっかり。彼女が結婚するのも警官。ごっつい奴で肩なんてゴリラみたいだ。二人がバージンロードを歩いてきた時、彼女と目が合った。で、俺は、人生で一番いやらしいニヤリ顔を彼女にしてやった。「そのゴリラとせいぜい楽しみな、俺には明るい未来が待ってんだぜ」っていう顔。
 そしたら彼女は俺のことをただのゲストの一人を見るみたいな目で見てた。そして実際そうだった。未来が俺の前に広がっていた。何年も何年も続く未来。すべてここから始まるんだ、そう感じた。この先俺を待ってる未来、たったひとりで向き合わなければならない未来。全部一人で。それを耐え抜くんだ、「俺は立派な男だ」って見せつけるために。
俺は教会を出た、まるで小さなガキみたいに。パーティーには行けなかった。そのまま歩き続けた。小雨が降ってた。ひたすらに歩き続けた。気がつくと俺は町にいた。薄暗い日でまるで町全体に屋根がかかっているみたいだ。で、気がつくと迷路みたいな小さな路地に迷い込んでいた。何をするわけでもなく。ふと出くわしたパブに入った。小さな薄暗い店。他に客が一人か二人いるだけ。ビジネスライクなバーテンダー。まるでお前みたいだよ、ブレンダン、な?
 ビジネスライク、仕事でやってますって感じの男。俺はパイントを一杯、二杯。それから小さいのを一杯か二杯。そしてそこに座って、汚れた木製のカウンターをじっと見つめてた。するとバーテンダーが、大丈夫? と聞いてきた。なんでもない質問だ。俺は「大丈夫だ。」と答えた。バーテンダーはサンドイッチ作るよと言った。俺は、ああうん、と答えて、そして泣きそうになったんだ・・・だってさ、誰かが・・・俺はそいつをじっと見た。
 そいつは新しいパンの塊から大きく二枚スライスして、丁寧にバターを塗った、隅々まできれいに均一に広げてく。俺はあれを決して忘れることはないだろうな。それからチーズをスライスして、ハムを焼き、瓶詰めの玉ねぎを取り出してすべてを乗せ、それを半分に切った。ただ誰かが自分のために何かをしてくれるということ。バーテンダーはその皿を俺の目の前に置いて「さあ、食べちゃいな。」それから新聞をたたみ、ジャケットを羽織って、休憩に出かけていった。俺はそのサンドイッチを手に取った、けどなかなか飲み込めなかった、喉の奥に詰まったような感じがして。でも全部食べきったよ、だって見知らぬ誰かが俺のためにしてくれたんだ。ほんの小さなこと。でもそのときの俺にとってはとてつもなく大きいことだった。俺に力をくれたんだ、人生でこれまで食べたどんな食事よりも。それから俺はパーティーに戻った。自分が本当に情けなく思えたよ。あのときの謙虚さを、あれ以来ずっと取り戻そうとしてきた。でも善きものってのは薄れてくんだな。どんどんと、いとも簡単にただのひねくれた嫌な奴になってしまうんだよ。
 工場にいるとさ。一日中どうでもいい仕事をダラダラして。パンク修理に何時間もかける。「もしあの時こうしていたら」とか「あの時何をすべきだったのか」なんてことは考えなくなる。目を逸らすみたいに。あのパーティーでそうしたみたいに。理由がない限り人と目を合わせたりしない。けど言わせてもらうぞ・・・彼女の名前が部屋中に響かない朝なんて一度もないんだよ。
 で、いまの俺はこいつとこうしてるってわけだ。だろ?(間。)そう。(間。)そろそろ行くかな。
ブレンダン この風で大丈夫?

コナー・マクファーソン「The Weir – 堰 -」(翻訳:髙田曜子)

ジャック ああ、それが正しい姿勢だ。コソコソせず仲間と明るい場所にいるべきだ。

同上

時代設定が現代の会話劇の中に、こういう長台詞が普通に出てくる。それに対して(少なくとも戯曲上では)特にリアクションも無い。

チェーホフとか昔の戯曲ではよく出てくるが、西欧では今でも長台詞は多いのかな。

日本だとどうなんだろう。というか自分は今の日本人劇作家の舞台を全然観に行ってないな。

稽古は消え物(劇中で実際に使う飲食物)有りの通し稽古。

6月4日(木)

6:30に目覚めるも起きたのは9:30。曇り。

今日も14:30〜通し稽古。

少しずつ引き締めていく。

久しぶりに早めに帰宅し、缶ビール一本ですぐ眠くなる。

6月5日(金)

明け方に一度目覚めるのだが、やはり起床は遅め。曇り。

AMは新宿ピカデリーで映画『シンプル・アクシデント/偶然』鑑賞。

15:00に稽古場入りし、16:30〜衣装・小道具あり=本番仕様の通し。

終わってフィードバックを伝え、有志で少し飲む。

少しのはずが終電まで。あれ。

6月6日(土)

酒のせいかなかなか起き上がれず。

稽古オフで良い天気の土曜だったが、疲れがとれず、夕方変な時間に寝てしまったり、無為に過ごす。

読みたい小説が色々あるがなかなか集中できず、移動などの合間合間に先日買った水村さんのエッセイ集を読んでいる。

 思い起こすのは二十歳の半ば、京都の修学院離宮をあるアメリカ人夫婦に請われて案内したときのことである。【中略】ハア、ハア、まあなんと結構なお庭で、とでも言わんばかりに感心しながらぞろぞろ歩いている中年の人たちが私の眼に愚かしく映った。自分のほうがよほど愚かだったのを知ったのはいつごろからか。そのときのことがかくも鮮やかに記憶に残っているのは自分でもなぜだかわからない。ただ、そのときの記憶、さらにはそれに類似した、自分がどうしようもなく愚かだった記憶がいくつか残っているせいで、私は自分が早くものを書き始めなかったことを悔やみつつも、本気で悔やむことができないのである。

「無駄にしたくなかった話」水村美苗

 しかも彼女はファッションにも詳しかった。そして、ファッションに興味をもつだけあって、私の友人のなかでは珍しく色気があり、お洒落が好きで、女らしい虚栄心があり、虚栄心があるゆえに、同じ虚栄心に満ちた女の人たちを揶揄する術を知っていた。彼女とだったら、金持と時間を共にして発見した小さな驚きを話すのに遠慮が要らないというだけではない。彼女とだったら、自分でも人が悪いと思うが、心ゆくまでマリアのことを面白おかしく話すこともできる。女がほかの女をからかうのは、公の場ではもちろん、男の耳には聞き苦しい。ところが女二人でこっそりとからかうのは楽しい。そんな風にするのを「catty=猫のように」と英語で表現するが、思い切りcattyになりたかった。その友人はマリアを知らないし、私もマリアとは生涯二度と逢うこともないと思うと、マリアのことをからかうのに罪悪感はなかった。【中略】
「今日はcattyになりたかったの。フランス旅行中に一緒だった女の人について」
「どうぞ、どうぞ、いくらでもcattyになって。そういうの好きよ」

同上

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