2026/8/9~8/15
8月9日(日)
7:30起床。晴れ。
81回目の長崎原爆忌。
正午頃、家に保管してあった置き道具を森脇P with 2歳児が引き取りに来て暫し話す。
今週、知り合いと全然言葉を交わしていなかったな。
U-NEXTで映画『We Live in Time この時を生きて』鑑賞。
ある夫婦の出逢い、結婚、妊娠出産、妻の発病、闘病、仕事などを時間軸を交錯させて描く。
あえてジャンル化すれば「難病もの」だが、死よりも生のエネルギーが伝わってくる。特にトラブル続きの出産シーンは凄かった。
主演のアンドリュー・ガーフィールドもフローレンス・ピューも、子役も素晴らしい。
108分の映画だが、良い意味で体感時間はかなり長く感じられた。
8月10日(月)
9:00起床。晴れ。
今日も今日とて脚本に向き合う。
〆切日だったが、倉田主宰からの連絡でスケジュールを再相談。
そんな時に読むべき本のタイトルではないが「嫌なこと、全部やめても生きられる」(プロ奢ラレヤー)読了。
前々からツイートが面白いプロ奢さんの本。
出版時はまだ22歳の著者が語る思考や処世術に、「なるほどなあ」と頷いてしまう44歳。
8月11日(火祝)
8:00起床。台風予報の朝は曇り。涼しい。
午後から三軒茶屋で公演「とり残されて」顔合わせ。
よろしくお願いいたします!
本読みをして、台風接近のため早めに解散するも、駅で佐藤くんに飲みに誘われ、皆行くというので飲み屋へ。
店は18時までと言われ、もちろんそれまでには帰りますと思っていたら、しっかり18時まで飲み、更に二軒目へ。
顔合わせで飲むことはコロナ以降減ったし、二軒目も行くというのは初めてかもしれない。
完全に飲みすぎ、20時過ぎに帰宅後、気持ち悪くて寝込む。
台風は結局直撃は受けず。
8月12日(水)
8:30起床。曇り。台風一過?で涼しい。
日航機事故から41年。
暑い暑いと言っていた7月が終わると、原爆忌、日航機事故、そして終戦記念日にお盆が重なる日本の8月。
「聖女の救済」(東野圭吾)読了。
東野さんの訃報が流れた際、多くの人が東野ベスト、傑作、凄いトリックとしてタイトルを挙げていた作品。探偵ガリレオシリーズの一冊。
なるほど、トリックの物理的なカラクリというよりは、犯人や探偵(=湯川)の思考の過程を辿ることに醍醐味がある作り。
何度も言うが、やはり圧倒的なリーダビリティ。小説の文章を読んで頭にイメージする流れに一切のストレスが無い。
夜は三軒茶屋で「とり残されて」稽古。
改めてシーン毎に区切って本読みをし、少しだけ舞台の使い方を検証して終了。
8月13日(木)
6:30起床。終日雨予報の曇り。
U-NEXTで映画『ドリーム・シナリオ』鑑賞。
『ドラマなふたり』の前評判が高いクリストファー・ボルグリ監督の、去年の公開作。二作ともA24映画。
ボルグリは『シック・オブ・マイセルフ』で注目されたノルウェー人。
『シック〜』もキャラクター描写や脚本設計が巧みだな〜と思った記憶がある。
アメリカ進出してニコラス・ケイジ主演で撮った『ドリーム〜』も、ストーリーテリングも演出もとにかく上手い。
なぜか人々の夢に同時に現れるようになった中年の男性大学教授。
それまでちょっと痛い感じだった彼(そのわりに綺麗な妻と可愛い娘たちはいる)は、超常的な現象で人気者になり注目され、悪い気はしない。
しかし人々の夢の中で男が残虐な行動をとるようになると、今度は手の平を返したように世間からも身近な人からも忌避され「キャンセル」されていく。
……といういかにもA24的な寓話。
製作にアリ・アスターも入っており、A24はまた良い監督を見つけた感じか。
(監督は違うが『顔を捨てた男』とも似ているルックやムード。)
様々なアナロジーとして解釈できそうな設定で、
「自分では意図もコントロールもできないことによって勝手に持ち上げられたり差別(≒キャンセル)されたりする」
という構図は、人種・ジェンダー・ルックス、或いは有名人であることの弊害などを想起させる。
東京は午後から大雨。千葉では深刻な被害。
8月14日(金)
7:30起床。大雨が過ぎて、朝は陽が差している。
雨の予報だったが、結局昼間は晴れていた。
今日も脚本と向き合う。いつまで向き合うんだと思いつつ。
しかし大量の積読から売る本を選んでダンボールに詰める作業に逃げる。
別件の企画書を書いて送信。
やるべきこと進めたいことは多々あり、その足止めをしているのはただ、筆の遅い自分。
8月15日(土)
6:30起床。曇り晴れ。湿度はあるがすっかり涼しい。
81回目の終戦記念日。
この時期は毎年晴れているイメージだが、今日はどんよりとした空模様。
山田風太郎「戦中派不戦日記」の昭和20年8月の項を読み直そうか。
あの本は書かれたことも、焼けずに残っていたことも、その後に山田が有名になり出版されたことも、全て奇跡のような本だと思う。
午後は麹町まで歩いてエクセルシオールカフェで脚本に向き合い。
相変わらず打開できず。
そんな時に倉田主宰から連絡を貰い、夜はZOOMで脚本会議。
休憩(というか無料ZOOMなので40分で切れる)を繰り返しつつ、合計2時間強。
やろうとしていることの方向性は間違っていないことを確認。
しかし理想のイメージに対して、アイディアと才能が足りない。
でも考え続けるしかない。
「ムクの祈り タブレット純自伝」読了。
タブレット純さんのことはほとんど知らないが、以前から楠木建さんが絶賛していた人。
Wikiでは「歌手・お笑いタレント」と書かれているが、ムード歌謡漫談をするというあまりに独特の芸風。
自伝がまたなんとも数奇な人生というか、物哀しくて寂しくて、でも仄かに温かい不思議な私小説を読んだような読後感。
月並みだが、世の中には本当に色々な人がいて、その数だけの人生がある。
文章の運び方、単語一つ一つのチョイス、特に比喩が唯一無二。
ぼくはもう、二十六歳になっていた。もうすぐ二十七になる。二十七といえば、名うてのロックスター達が不慮の死を遂げ、“呪いの二十七”のようにロック史に刻まれた年齢であったかと。ぼくの場合のそれは“鈍(のろ)いの二十七”に違いない。ここまで、やるべきことを何もクリアせずに、ただのろのろと人里離れた畦道を徘徊し、切り株でふぅと休んでは、夕陽の漬け物になっただけ。引き摺る影だけが重くなっていた。
たわいもない青春のひとコマだが、極寒でありながら、さらに冷水を浴びたいような気持ちは、なんだか痛いほどわかる気がした。ぼんやり疼く虫歯は、あえて舌先でつつきたくなる。
ここ数週間、脚本について考え続けしかし一向に書き出せないという、全く代わり映えのしない日々。
生産性という意味では絶望的に時間が溶けていく。
別件の稽古が始まったことが精神的に救いではあるが、その分時間も限られていく。
このまま嵌るとあっという間に数か月が過ぎてしまう。
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