2026/8/2~8/8
8月2日(日)
7:30起床。晴れ。
今日も各所を回って脚本と向き合う。
8月3日(月)
7:30起床。曇り。
いきなり涼しい。なんなら肌寒い。今日は最高気温が30度いかず。それはそれで極端な。
「「おりる」思想 無駄にしんどい世の中だから」(飯田朔)読了。
︎ このまとめに加えて、ぼくが少し考えているのは、競争主義的な「生き残る」考え方が「死んだら終わり」と、人生を「1回きり」で捉え、いかに死なないようにするかを追求する発想であるのに対して、「生き直す」は自分は一度すでに死んだことがあり、その上で今度は自分のやり方で「もう1回」生きてみる、という考え方になっており、いわば人生を「1回きり」で捉えるのか、「もう1回」で捉えるのか、そんな両者の違いがあるのかもしれない、ということだ。「生き直す」の中には、言ってみれば、人生を「2周目」で生きる感覚があり、そこから見ると「生き残る」考え方は、思考が「1周目」で固定され、「1回きりの人生」の中でひたすら不毛な競争をさせられる発想に思えてくる。
朝井の小説では、主人公たちにとって「好き」なものは、社会や周囲の人々から非合理的であるとか、時代遅れなものとか言われて、ある意味で時代の変化から取り残されていく存在として描かれることが多い。しかし、その「好き」は主人公にとって、自分自身非合理的で、時代遅れであると思えても、簡単には縁を切れないものとして描かれる。
ぼくは、人はそうした「好き」という要素の側に立つことで、自分を圧迫してくる「世界」から自然と「おりる」ことができる、と書いたが、「おりる」ことのカギになっているはずの「好き」の中に、縁を切ることができない、という「おりられなさ」の要素が混じっていることには少し不思議な感じがする。
これをもう少し掘り下げてみると、第4章の3で書いたのは、単に「おりる」一辺倒という話ではなく、自分は「好き」からは「おりられない」と気づくことで、「世界」からは「おりる」ことができる、という二段構えの考え方だったのではないか、と思えてくる。「世界」からは「おりる」が、「好き」からは「おりない」と。
ぼくは、朝井が書くものからは、このような、人が簡単には縁を切れない、取捨選択できないものとどう向き合うか、という疑問と、その中で本当に変えられないものは何なのかを問う、非常にガンコなテーマ性があると感じた。
朝井作品のこのような側面は、自分の「好き」なものに沿って生きろ、みたいなごく個人的な精神論ではなく、また、社会の不公正に対して現状の変革を求める人たちへのアンチテーゼとしてでもなく、もう一段広い視野から捉えられる部分があると思う。
Apple TVのドラマ「ケープ・フィアー」完走。
元々はジョン・D・マクドナルドの原作、二度の映画化、に続くドラマ版。
映画版は両方とも観ていない。
スピルバーグ&(映画版の監督の)スコセッシ製作という気合が入った座組みで俳優も全員良かったし、ショッキングながらセンスある演出も、敢えて80〜90年代ぽい煽り気味の音楽も良かった、のだが、そこまでハマらず。
アマプラでたまたま知った映画『ブラックバード 家族が家族であるうちに』鑑賞。
2019年アメリカ製作。オリジナルはデンマーク映画で、そのリメイク。
安楽死を決断した母が薬を飲んで亡くなる直前、家族が集まる二日間の物語。
シンプルでミニマムな物語で、設定も撮り方もよく出来た舞台劇のようでもある。
スーザン・サランドンとケイト・ウィンスレットの初共演、というキャッチコピーだが、先日亡くなったサム・ニールも出てきて大変良い芝居をしていた。
品の良い演出と、何よりも俳優陣が見事。
精神的に不安定で脆い次女役を演じたミア・ワシコウスカも素晴らしい。(Wiki情報だと、本人はハリウッドに馴染めず、地元のオーストラリアを拠点にしているらしい。なんかそういうのも滲み出ていた。)
今の自分の境遇と重なる部分も多く最後の方は泣いた。
「病気で体の自由がきかなくなる前に自死を選びたい」という考えは充分に理解できる。
一方で、元々障害があり心身が不自由な方にとって、こういう主張(物語)はどうなのか、ということも思った。
8月4日(火)
7:30起床。晴れているが今日も涼しい。
千駄ヶ谷を渡り歩いて脚本について考え続ける。
天気は良いが暑すぎず。夏はMAXでこれくらいならとても良いのだが。
Iさんから来年の公演のオファー。ありがとうございます。良い座組になりそう。
スタッフィングの相談を受け、ダメ元でKさんにも打診。
「死体は語りだす 法医学医が読み解く「死者からのメッセージ」」(フィリップ・ボクソ/訳:神田順子)読了。
夜はプロジェクターで映画を観ていたら途中で眠くなって寝落ち。
8月5日(水)
明け方、蚊に刺されて目覚め、暫く粘って退治して寝る。
そうしたら9:30起床。晴れ。
今日も今日とて、バーガーキング、ケンタッキー、区民センター、モスなど渡り歩いて脚本と向き合う……。
U-NEXTで映画『ノッティングヒルの恋人』、約20年ぶりに再見。
一昨日の『ブラックバード~』が良かったロジャー・ミッシェル監督の代表作ということで。
コステロの歌&主演の二人&ロケ地頼みでなんの捻りも無い映画、という初見時の印象は、再見してもあまり変わらず(ストーリーは全く覚えていなかった)。
のだが、とにかくジュリア・ロバーツが可愛い。この頃(90年代)、ジュリア・ロバーツの時代もあったんだな。
ヒュー・グラントもキラキラしている。
そしてこれは監督の特徴でもあるのか、静かな場面が多い。
話はもうなんというか御伽噺すぎるが、それも含めとにかく牧歌的。もう今はこういう「ラブストーリー」は創れないと思う。
カメオ出演?でアレック・ボールドウィンが出てくるのも完全に忘れていた。
8月6日(木)
8:30起床。曇り。
今朝も厳しい暑さではなかったが、夜にかけて熱が増していった。
81回目の広島原爆忌。
脚本、新たな展開を思いついたかもしれないと、ポストイットに書き出して並べ替えたりする。
夜は新宿ピカデリーで『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』鑑賞。
恥ずかしながら、ちいかわ初体験。
噂には聞いていたが、ここまでグロテスクな怪獣ものだったとは……。
正直、ちょっと引いた。
これはなるほど、現在の日本(+アジア)で最大のヒットコンテンツであることの意味を考えたくなる作品だ。
他にやることはあったのに、帰宅してから感想ツイートや批評記事を読み漁ってしまう。
自分としては、劇中の○肉を、コラボ商品化したセブンイレブンの食品には完全に引いてしまったが、大多数の感覚とは違うんだろうな。
8月7日(金)
8:00起床。
ジュリア・ロバーツで何か見たくなり、U-NEXTで映画『8月の家族たち』鑑賞。2013年のアメリカ映画。
ピューリッツァー賞戯曲の映画化で、脚本も劇作家のトレイシー・レッツが書いている。
が、戯曲の映画化の難しさが露呈した印象。
超豪華キャストのアンサンブルも消化不良だし、性格がキツい母親役のメリル・ストリープはやり過ぎて空回りしてる感。
ユアン・マクレガーとかほぼ見せ場も無い。
そんな中で、次女役のジュリアンヌ・ニコルソンが良かったのと、ベネディクト・カンバーバッチが無職で気の弱い息子という意外なキャスティングは面白かった。
8月8日(土)
9:30起床。晴れ。
ディズニープラスに配信が来ていたので映画『プラダを着た悪魔2』鑑賞。
内容はあまり覚えてないけど、1がキラキラ華やかなお仕事ムービーだったのに対し、
2はのっけからジャーナリストの一斉解雇、出版業界の斜陽、コンサルによる雑誌の大幅なコストカットなど、世知辛い展開が続く。
月並みだけど、二十年で世の中変わったなあと。
作品自体はアン・ハサウェイを筆頭にキャストの存在感で何とか陽の雰囲気、娯楽作品の体裁を保っている。
アン・ハサウェイ、最近も年に何本も話題作に出演し続けているが、改めて良い。
エミリー・ブラントの役柄は、ちょっともったいない気もした。
結局今週も、牛歩過ぎる脚本執筆の前を、ただただ時間だけが流れ過ぎていった……。
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