2026/3/1〜/3/7

第126号
上野友之 2026.03.08
誰でも

3月1日(日)

5:00に目覚め読書して二度寝して8:30起床。晴れ。

さよなら人生vol.2「中年の好機」チケット発売開始しました。

どうぞ宜しくお願いいたします!

シアタートップスでアナログスイッチ「寝不足の高杉晋作」再演を鑑賞。

開演前にスタッフ陣に挨拶をし、終演後は作・演出の佐藤くんにだけ挨拶をして退場。

知人が多い舞台、なんか皆に会わずにスッと出てしまいがち。

武蔵野館で映画『Shiva Baby シヴァ・ベイビー』鑑賞。

パパ活相手の男性と葬式でバッタリ再会してしまった女性のブラックコメディ。

78分、ほぼ家の中だけで展開するワンシチュエーションもの。

隣に座っていた(恐らく)アメリカ人女子二人が、小ネタの一つ一つに笑いながらリアクションしていてこっちも楽しくなった。

過保護な両親や、良くも悪くも付き合いの濃いユダヤ人コミニュティの描写も面白かった。

ちょっとしたイスラエルネタも出てくるが、流石に現状の情勢ではここは笑えず。

「寂しさへの処方箋 芸術は社会的孤立を救うか」(平田オリザ)読了。

国内外での舞台上演や後進の育成は当然として、行政や教育との関り、大学の開学まで、なんというか、ご自身で立ち上げたり立ち会ったりしてきた「現場」の数が桁違い。

日本の現状と課題について、膨大な経験と視座から語られるプラグマティックな意見と提案は、流石の説得力がある。

自分は直接お会いしたこともないが、改めて尊敬の念を覚えた。

日本社会にはまだ高度経済成長期の右肩上がりの幻想が残っている。何かの施策を打てば、社会問題がすべて解決し、社会全体が恩恵を受けるという思い込みが強い。しかし、これからは「社会包摂」のような撤退戦、後退戦の施策も必要となるだろう。ここを理解してもらわないと逆に、では「社会包摂」の経済波及効果はあるのか、犯罪率は低下したのかといった上向きのエビデンスを求められて、さらに政策が後退する。「やらないともっと悪くなるからやるんです」という新しい観点が必要なのだ。
 また、このような書き方をすると、特に真面目なリベラルの方から「社会包摂」が後退戦だなんてけしからんとお叱りを受けるかもしれない。前項で「社会全体のリスクもコストも増大するから社会包摂を進めるのだ」と記した点に、違和感を持った方もいたと思う。生活保護や、その他の格差の解消は人道的な側面も確かにあるからだ。いや、もちろん人道、人権の方が大事なのだ。しかし残念ながら、人道的な側面だけを訴えても、新自由主義の進展を止めることはできない。本気で格差を是正したいと考えるなら、人道や人権、あるいは情動に訴えるだけでは限界がある。納税などの社会的負担をある程度している中間層にも、「こちらの方が皆さんにとっても役に立ちますよ」「社会全体が安定しますよ」と呼びかけ、共感が得られるような展開を進める施策が必要だ。

「寂しさへの処方箋 芸術は社会的孤立を救うか」(平田オリザ)

上記のようなリアリズムには唸る。

全国からマスコミが殺到したりしていることで、さらに寂しさを感じた人もいるのだと聞いた。成功すればするほど、賑わいを作れば作るほど、取り残された感覚を持つ人々が生まれてしまう。ネット上で広がっているものとは少し異なる形の【中略】嫉妬や怨嗟がじわじわと深まっていく。結果として日本社会全体が「成功してはダメ」「目立ってはダメ」というゲームのような状態になっているのではないか。

同上

 私は常々、演劇(あるいはダンス)の最大の欠点は「楽しそうに見えること」だと指摘してきた。イベントの主催者側や、参加している学生は楽しいが、その楽しさが他の市民の寂しさ、取り残された感覚を増幅していく。成功したら負け、目立ったら負けという負の連鎖がここでも生じていく。念のために書いておくが、この段階では誰にも罪はない。

同上

嫉妬や寂しさについての洞察も流石というか、オリザさんのような華々しい経歴の持ち主が、この辺りのことに気づけるのも凄い。

そして、

演劇(あるいはダンス)の最大の欠点は「楽しそうに見えること」

という意見には全く膝を打ったというか、コロナ禍やインボイス導入時に、演劇界隈に向けられたうっすらとした憎しみも思い出すし、

演劇(≒小劇場)人同士にも、内心での妬みあいはあると感じている。

こうしたテーマを自分なりに文章にまとめようとしては挫折している。

 日本人の多くはエレファントカーブにおける折れ曲がった鼻の小さな谷の住人だ。自分の所得が減っていなくても、自分の職が脅かされなくても、自分より下に見ていた人間が成功すること、あるいは小さな成長にすらいらだっている。
 近代とともに生まれ育ってきた「民主主義」とそれを支える「選挙」という制度は、その出自からして、おそらく世界の成長や発展、進化を無意識の大前提としている。「資本主義の限界」が叫ばれ、それと並行するように民主主義の危機が言われるのは、ここに原因がある。「明日の世界は今日よりもよくなる」と信じられないとしたら、人々には票を入れたい政党がなくなってしまうから。
 幻想でもフェイクでも「あいつらだけがうまくやっている」「俺たちが汗水流して働き支払った税金をかすめ取っている」と信じてしまう。いや、そう信じたがってしまう。

同上

※太字は本文では傍点。

22:00からさよなら人生・リモート会議して1:30頃に寝た。

3月2日(月)

7:30起床。曇り。

新しい戯曲を形にしようと突然やる気(だけ)が湧いて、机に向かう。

「INDUSTRY」 Season4完走。凄かった。

いつの間にか西欧の階級社会の闇が描かれ、バリバリのレイシストも含めクソ貴族たちがこれでもかと出てくる。

資産家の娘であるヤスミンが呟く、

「それに搾取とチャンスは2つで1つなの」

という台詞の残酷さ。

最先端の脚本演出演技の中で、古典的な愛と裏切りのドラマも浮かび上がってくる。

3月3日(火)

6:30に目覚め布団でグズグズ。雨。

夕方、渋谷へ行って映画『リプライズ』鑑賞。

『センチメンタル・バリュー』が話題のヨアキム・トリアー監督の特集で、2006年の長編デビュー作。

これが自分には全くダメで笑、開始早々に出ようかと思ったが、つまらない映画を最後まで観るのも大事かと我慢?した。

思わせぶりな編集も鼻につくが、何より20代前半の芸術家気取りの若者たちの悩みがはた迷惑過ぎて苛々。まあ同族嫌悪というか、自分にも思い当たることもあるからなのかな。

この為だけに渋谷に行ってなんか損した気分。

3月4日(水)

さよなら人生「中年の好機」顔合わせ。

その様子は皆さんに日記に書いて頂きました⇩

3月5日(木)

6:30起床。晴れ。朝は風が非常に強い。

四谷サンマルクで作業後、神楽坂に移動。

かもめブックスで「虚弱に生きる」(絶対に終電を逃さない女)、漫画「バルバロ!①」(岩浪れんじ)、「ビジャの女王⑨」(森秀樹)、購入。

午後は「中年の好機」稽古。

序盤のシーンから改めてじっくり本読み。

背景設定、気になる言葉遣いなど一つ一つ話し合いながら、共通認識を作っていく。

ここに時間をかけられるほど、良いクリエイションになると思っている。

思うところありチェーホフを手に取り、新潮文庫版で「ワーニャ伯父さん」を読む。

訳は神西清バージョン。

それにしてもこんなに延々と愚痴を言うばかりの戯曲だったろうか。

キャリア的には成功し若く美しい妻もいる老教授セレブリャコーフも、医師アーストロフも、貧乏くじを引かされたワーニャ伯父さんも、等しく自分の人生を嘆いている。

(まさに「中年」の話。)

これが演劇史に残る傑作として100年以上、世界中で上演されてきた凄み。

学生演劇でチェーホフやる人もいたんだろうけど、こんなの若い時には絶対理解できないだろという気もする。

アーストロフ そう。……この十年のまに、すっかり人間が変わってしまったよ。それもそのはずさ。働きすぎたからなあ、ばあやさん。朝から晩まで、のべつ立ちどおしで、休むまもありゃしない。【中略】おまけにさ、毎日々々の暮しが、退屈で、ばかばかしくて、鼻もちがならないときている。……ずるずると、泥沼へ引きずりこまれるみたいなものさ。【中略】なんいも欲しくない、なんにも要らない、誰といって好きな人もない。

ワーニャ ええ、そうですとも! 僕は明るい人間でしたが、そのくせ誰一人として、明るくはしてはやれなかった。……(間)この僕が明るい人間だった。……これほど毒っ気の強い皮肉は、ほかにちょっとないな。僕もこれで四十七です。【中略】僕は、腹が立って、いまいましくって、夜もおちおち眠れやしない。望みのものがなんでも手にはいったはずの若い時を、ぼやぼや無駄にすごしてしまって、この年になった今じゃ、もう何ひとつ手に入れることができないんですからねえ!

セレブリャーコフ まったく、年をとるということは、じつになんともはや厭なことだな。いまいましい。年をとるにつれて、われとわが身がつくづく厭になるよ。お前たちだってみんな、このわたしを見るのが、さぞ厭だろうなあ。【中略】……わたしは生きたい、成功がしたい、有名になって、わいわい言われたい。ところが、ここときた日にゃ、まるで島流しみたいなものじゃないか。のべつ幕なしに、昔のことをなつかしがったり、他人の成功を気に病んだり、死神の足音にびくついたりする。……ああ、たまらん! やりきれん! だのにここの連中は、わたしの老後を、いたわってもくれないのだ!

夜は久しぶりに一人で焼鳥屋さん。

お客さんと話して酔っ払って帰宅して終了。

3月6日(金)

8:00起床。晴れ曇り。

起きた時の体の疲労具合が、体を動かした翌日の感覚に近く、やはり演出仕事で頭を使うのは肉体労働に近いんだなと思う。

サム・ライミ版の『スパイダーマン』(2002年)をディズニープラスで鑑賞。

なぜかこの映画を最後まで通して観た記憶がなかった。

脚本は結構強引なこともやっているんだな。

3月7日(土)

8:15起床。

「虚弱に生きる」(絶対に終電を逃さない女)読了。

 姿見に映る自分を見て、これ以上太りたくないと強く思った。なるべく綺麗でいたいと思った。
 所詮ルッキズムなんだなあとも思った。
 太ったと言っても体重的にはまだ痩せているほうだし、筋肉量が少なく体脂肪率の高い隠れ肥満ではあるものの健康を損なうほどの脂肪量には達していない。見た目としても普通の範囲内だろう。
 それなのに痩せていたいと思うのは、要領が悪く体力がなく、年齢相応の社会性や経済力、社会的地位を有しておらず、母親にもなれない女である私は、せめて外見くらいはなるべく垢抜けていないと、本当に惨めな存在だと見なされてしまうのではないか、という恐れを抱いているからである。

「虚弱に生きる」(絶対に終電を逃さない女)

夜は曙橋で「中年の好機」稽古。

引き続き本読みを進める。

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